女性らしくやわらかい筆の雰囲気、繊細な美しさと創作への力強さを感じさせる作風の塔下游心さん。
―2020年11月、東京書作展(東京都美術館)に作品を展示された際にインタビューを行いました。
芸術書道に出会い、創作の幸せをかみしめているという塔下さん。
書道家になるまでの道のりや、作品の世界観をお伺いしました。
書道家になるまでの道のり
―書道家になるまでの道のりを教えてください。
書道が好きではあったけれど、書道家になろうと思っていたわけではないんですよ。
私自身は、子供の頃から身体が弱く、内気で奥手な性格で。体育は見学ばかりだし、勉強も補講だらけでした。
20代で書道の段位を取りましたが、その後子育てや3年おきの転勤があったため、書道から離れていたんです。
その間、いろいろな趣味をやってみたけれど、なにひとつ夢中になれず。
40代になって、その頃に3.11があったんです。当時の私は、なんとなくパートをしながら生活していましたが「なぜ私は人の役に立てることがないのだろう」と悔しくて情けなくなって。
それがキッカケで書道で師範の資格を取ろうと思い、学び直しました。だから私は、とにかく遅いスタートなんです。
色々な団体を調べる中で、日本教育書道藝術院を知りました。
こちらは芸術書道もやっている団体です。
私は当時、師範になってきちんとした文字を教えることを目的にしていましたから、芸術書道を中心にやっている団体とは知らなくて。
…芸術書道に私は、速攻でハマってしまいまして。笑
表現のおもしろさに没頭する日々
創作とかアートって、自分にはまったく無縁だと思っていたんですよ。
でも、団体の指導が上手で!最初はお手本をいただいて書き始めたんです。
自己表現をするって、最初は誰だって下手ですが、私はどんどん夢中になって書いていきましたね。
私が続けてこられたのは、もしかしたらずっと心のどこかで「自分の内にあるエネルギーを表現したい」って、思っていたからかもしれませんね。
もっと若いころから、書で表現できていたら良かったと思うこともあるけれど、私には今がタイミングだったのだろうとも思います。
今まで見てきたもの、好きなこと、感じてきたことをマグマのように表現したい。
ただ、その思いに作品や筆の力が追い付いていないのが、悔しいと思っていますね。
けれど本当に本当に、自分が好きだと思えるものに出会えたら、こんなにも幸せなんだと。
手芸や声楽など、いろいろな趣味もやってきましたが、書道だけは全然違うスイッチで、朝から晩までやってしまうんですよ。
夫を朝会社へ送り出してから、起きたままの格好でずっと書を書いているようなこともありました。
夢中になって書いて、気が付いたら夕方になっていて。夫が帰ってきて「もう帰ってきたの!?」と慌てる日々もあったんです。笑
それくらい、書道は私にとって“やらないわけにはいかないこと”なんです。
子育ての最中は書道から離れましたが、無意識の中で“書道に没頭して何も手につかなくなる自分”に気が付いていたからなのかもしれませんね。
もちろん、師に出会えたことも素晴らしかった。
先生の書を見ると、どんな景色をみるより幸せだと思います。ああなりたいと、目標にしていますね。
ご自身の作品の世界観とは
―現在、根津と軽井沢を行き来しているとのことで、塔下さんの作品にどんな影響があると思いますか。
今回展示している作品は、長野(軽井沢)で書いたものなんです。
長野の自然の中では、すごく溶け込んでいたように思っていたんですが、東京で展示をすると「田舎臭がすごいな」と自分で見て思ったんですよ。笑
もしかしたら、自分の中では自然に書いているつもりでも、場所や空気に左右されているのかもしれないですね。
畑を耕して、野菜やスパイスを育てて…といった日々が、作品にも現れているのかもしれない。
私は自然の中で、五感を感じるのが好きなんです。
結婚式の前も、日焼けしちゃいけないのに「もう一人で山に登れないかもしれない!」って、バックパック背負って雪山に登ったな。
私は「いつもいろんな作品を書くよね」と言われるんですが、自分ではその時に一番自然なものを、一番いいと思ったように書いてしまうので。
カッコよく言えば、作風が定まらないというかもしれないけど…。
自分の作風はこれです!といえる、前段階なのだとも思います。
今後の展望や夢
ー今後の展望や目標を教えてください。
え、いっぱいありますよ。笑
日本人にとって書道は、格調高いものとして扱われていますが、「この文字って素敵だね!」と親しみをもって感じてもらえるコンテンツ、作品集をつくりたいというのが一つ。
あとは絵手紙を広めていきたいですね。「書画」という呼び方もありますが。
書は解説しないと分かりにくい世界でもありますが、絵は世界観を伝えやすい。
社会と書をつなげることができるツールだと思うんです。
書道教室へいくのは敷居が高くても、絵手紙だと筆ペンで気軽に描くことができますしね。カフェで、神社で、気軽に楽しめます。
絵手紙はお友達に送るまでが芸術なんです。下手でも気持ちがこもっていると、くすっとしてしまうし、送ることを目的とする芸術って、ほかにないんじゃないかな。
私自身もコロナの影響の中で、絵手紙の素晴らしさを再発見しているところなので、楽しさを伝えていきたいなあと思っています。
塔下游心さんプロフィール
書道家能書家の祖父のもとで育ち、20代で段位、40代で師範取得。根津(東京)と軽井沢(長野)を拠点にレッスンを行う。日本教育書道藝術院(上野)所属。
受賞歴
全国公募東京書作展(東京都美術館)
’17 東京都知事賞
’18 文部科学大臣賞
全国公募同人展(新国立美術館)
’18 東京新聞社賞 等
インタビュー・文・写真/青石ぽろみ