インタビュー

withコロナ、山口県発のオンラインイベントとイベント主催業への道のり

イベント写真

コロナ禍で大規模なリアルイベントが開催しにくくなった昨今。

リアルイベントからオンラインイベントに舵取りし、山口県から情報発信を続けている女性がいます。

今回お話を聞いたのは、イベンターのなかむらみゆさん。

彼女は7年前にイベントを始めてからというもの、山口県内外で数々のイベントを立ち上げ運営されてきました。

2020年暮れには、新しい生活様式に合わせた山口県初のオンラインイベント『やるっちゃ山口!New Life Style応援イベント』を末永めぐみさん、松原沙依さんと共同開催。

当日は青森から熊本まで日本各地から来場者が訪れました。

この記事では、なかむらさんがイベント主催業を始めるキッカケとなった、7年前の出来事を伺いました。

オンラインイベントへの方向転換を余儀なくされた2020年

イベント自体は7年ほど前から行っていますが、オンラインでイベント開催を始めたのは、今年からなんです。

私自身、オンラインイベントを始めるまで、ネットを使うのは調べ物をするときくらい。

「パソコン燃えたらいいのに!」が口癖なくらい、パソコンが嫌いでした。笑

そもそも、オンラインイベントを企画したキッカケは、2020年6月に開催を予定していた大規模なリアルイベントが中止になったからなんです。

中止になったイベントは、室内で50近いブースを用意していました。

県をまたいで出店される方・参加される方がいらっしゃって、密な状態になってしまうことが予想されたため、泣く泣く開催を取りやめたんです。

準備の段階からたくさんの人に協力していただいていたので、中止を受けて「これから一年間何も出来ないのかも…」と思ったんですが、リアルがだめならオンラインでやろう!と思いなおしました。

オンラインイベントのやり方を5月の末に勉強しはじめ、6月には最初のオンラインイベントをやってみました。

そこから月に一度はイベントをすると決めて、オンライン会場Remoの練習会や体験会は、月に2回やってきましたね。

今回のように山口県しばりでイベントを立ち上げるのは初めてでしたが、当日は青森から熊本まで、日本各地の来場者さんに来ていただいて。

2020年は完全にオンラインへ切り替えてやってきましたね。

イベントを始めたキッカケ『一人でこっそりイベント』

カラーボトルの写真

―最初にイベントを始めようと思われたキッカケとは何だったんですか?

私が初めてやったイベントは、7年ほど前に『一人でこっそりやったイベント』なんですよ。

―ひとりで?こっそり?

そう、7年前に関西から山口県に引っ越してきて。

私もともと、ずっと喋る仕事をしてたんですが、引っ越しにあたって喋る仕事を中断したんです。…引っ越してくる前は、仕事が朝から晩までめっちゃ忙しかった。

だから、お布団を日のあたる時間に干したい!っていう夢があったんです。布団を干せることがすっごい嬉しくって、3日ぐらい干して!でも、4日目に飽きたんですよね。「もういい、もういいわ。」みたいな感じで。笑

あと、主婦の友達に聞いたら「テレビとか見てる」って言うから、昼間にテレビもつけてみたけど、それもまあ2日ぐらいで飽きてしまって。

そうしたら、段々顎が痛くなってきたんですよ。

長年喋りっぱなしの仕事をしてきたから、喋らなくなったら顎が痛い。アゴイタ事件です。

「私、このままやったら死んでしまう。自分は喋らないと死ぬタイプの人間なんだ」って思って、何かしたいと思ったんだけど…。

山口県には引っ越したばかりで知り合いもいなし、当時はFacebookとかもやっていなかったし。

携帯とかもその頃、多分ガラケーだったですよ。結構わたしずっとガラケーにこだわってたから。笑

だから「自分でイベントをやるしかないか!」と思って。

―すごい発想!イベントをやるって決めて、どう動いたんですか?

私、カラーボトルセラピーの資格を持っているんです。カラーボトルを家に飾っていたら、たまたま遊びに来てた友達に「それ、綺麗だけど何すんの?」と聞かれて。

それでカラーボトルの説明をしたら、今度やってよ!みたいな話になったんです。

カラーボトルと、顎イタ事件が重なって「あ!私喋るツール、カラーボトルがある!」ってひらめいた。笑

…っていうことを、今周りに話すと「なんでそういう発想にしかなれへんねん!」って言われるんだけど、当時は本当にそれしか無かったんですよ。

じゃあイベントするにしても、どこへ行ったらいいねやろ?と思って。それで見つけたのが、子どもとママさんが通うような建物だった。そこの会議室がどうも借りられるらしいと調べてわかったから、借りに行きました。

会議室を借りるために、申し込み用紙に書くでしょう。主宰は誰々、お客さんは何人の予定です、って。…嘘ばっか書いて。笑

でもイベントはやる前提ですから「私はイベントをもう何度もやってますけど?何か?」みたいな感じで書きましたよ。

それで、場所を押さえて、お金も支払って。

「私やった!やったわ!!」と思って、すごい達成感でしたよね。

それで、この「やったわ!」から多分3週間ぐらい経って、イベント当日の朝になるんですけど。カラーボトルとか荷物を車に詰めて、運転をした瞬間に気づいたんです。

「あれ?これどうなってんの?私、今から向かうとこに誰がいるの ?」って。

当時、告知って言葉すらも知らなくて、人に言うこともしていなくて。だってまず知り合いがいないし。

携帯はガラケーだし、パソコンに至っては機器が嫌いすぎて、本当に燃えてまえ!っていつも言っていた。

それでも会議室へ行って、着いてみたら思いのほか広くて!笑

実はこの一人でこっそりイベントの一年後くらいに、この同じ会議室で、私を含めて6人ぐらいでイベントをするんだけど、6人でイベントをしても、まだ十分に広い会議室で。

そんな広い部屋で、会議用の長机にカラーボトルを広げて…終わり!みたいな。

「この広い会議室、私しか座ってないねんけど、大丈夫?」って思いつつも、でも偉そうに「ただ今接客中です。10分お待ちください。」っていう張り紙はちゃんと準備してきていて。笑

―その後、どうやってイベント企画や運営の道に進んだんですか?

ええ、ひとりでこっそりイベントをやった後に、イベント仲間が出来たり、友達が増えたりしていくんですが。

でもその前に、実は結局、その一人でこっそりイベントに、お客さんが来たんですよ!

しかも、2組来てくれたんです。私もお客さんが来たことにビックリして、思わず「えっ!」て言っちゃったけど。

会議室のある建物自体は、親と子どもが一緒に来るようなところだから、私のイベントを目がけてきたわけではないんですよ。ただ、そばを通ったら、何かやってると。

カラーボトルの色が綺麗だから「何をやってるんですか」って聞いてくれて。

最終的に、親子連れのご夫婦だったんですけど、旦那さん、奥さんがそれぞれの2組で来てくれたんです。

もちろんお金もいただくイベントだったので「私いつもここに座ってますけどね!」みたいな態度で接客しましたよ。

―すごい。驚きました!

朝、車を運転して会場に向かいながら「もう帰る?」とも思いましたよ。

だって誰かが待っているわけじゃないし、会議室代は払っているから、私が行かなくても、誰も何も困らないんだけど。

でも何も動かないと、顎が痛いままだし。誰も来なかったとしても、それも貰ってみよう!と思って。

本当に…無欲の勝利じゃないけど。笑

すごい楽しかったですよ、人と喋るのが。

楽しくて、その後にもう1回か2回、一人でその会議室を借りてイベントをしているんですよね。もうちょっとやってみようと思って。

次からは、そこの館内に張り紙を貼ってもらえるんだ!ってことが分かったので、自分でポスターを作って、貼ってもらえませんかとお願いして。

これも1回目行かなかったら、多分全く分かんないままだった。

とりあえず行ってみよう!と思って、やってみたらちょっとずつ知恵がついてきて、やり方も分かってきた。

イベント仲間との出会い

その後から、山口県内のイベントを見つけたんです。

知り合った方とこのイベント出てみない?と誘い合ったり、私もイベントやってみたいけど、どうしようっていう人も出てきた。あっちの人もイベントやりたいって言ってるし、あなたも言ってるし、私もしたい!

「じゃあ一回みんなで集まってみる?」といったようなことの繰り返しで、どんどんそれが広がっていきました。

この流れで、イベントをみんなで主催していくようになりましたね。

―それで、一人でイベントをしたあの会議室に舞い戻ってきたと!

そうですね。みんなでやってみようよ!会場どこにする?と、なった時に「私の知ってるところあるで!」って言って、思い出の会議室に舞い戻ってきます。笑

―みなさんでイベントを始めたのは、1回目のひとりイベントから、どのくらい経ってのことですか?

1年、ちょっとくらいなのかな。
動き出してからは、タイミングがポンポンポンって合うようになっていきましたね。

チームでイベントをやって出来た“2つの目標”

そんな風にチームで動き出してから、2つの目標が出来てきました。

1つは、だんだんと集まるメンバーも増えて、箱が狭くなってきたんですよ。なので、もっと大きな箱を借りて、イベントをやろうと。

2つ目は、山口などで同じように活動をしているクリエーターさんや、何かしている人達と繋がれて、交流できる場を作りたいということ。

1つめの箱の件は、下関市の中で大きな箱というのが、市の後援がないと借りられない場所でした。

区役所へ行って、市役所の秘書課へ行って「これどういうことですか?」と言われつつも、必死に説明して訴えて。それで無事に後援をもらえたので、最初のメンバーたちで1回目のイベントを行いました。

その時は40ブース位ご用意して。さらに、チャレンジ枠といって「イベントに出てみたいけど、どこでどうやったらいいか分からない」という方向けの枠も準備しました。昔の自分へ向けて、みたいな感じですね。

イベント当日は、後援をもらった建物の中で、館長さんがカレーライスを作ってくれて。

「カレーをいっぱい作ったから!」って言われたんですけど、もうみんなでヒイィ~ってなりましたよ。売れ残ったらまずいよねって。笑

当日みんなの合言葉は、お客さん来た?じゃなくて「カレーどうする?カレー食べた?」でしたよね。

でも心配をよそに、無事カレーが完売したよって連絡があったんです。カレーは100食くらいあったみたいなので、たくさんのお客さんが来てくれたことにホッとしました。

それが、毎年6月に行っている『ハッピースマイルフェスタ』というイベントになっています。

ハッピースマイルフェスタは2020年、コロナの影響で中止になってしました。

「イベントが何もできんかった」と思って、落ち込んでいたんですが、そこからオンラインで何かできるかもしれない、山口県をアピールできるかもしれないと思い直して。

だから2020年12月に行った『やるっちゃ山口!New Life Style応援イベント』は、私たちにとってリベンジでもあったんです。

―もうひとつの目標、交流できる場所を作りたいというのは、どのようにしましたか?

もうひとつは『華咲く交流会』といって、毎年4月に行っています。

県内外の人と交流したい方や、自分のものをアピールしたい方を集めて、リアルの交流会をやろうと考えたんです。

ただ、山口県下関市で40以上人が入れる箱が無くて…。

そこでひらめいたのが、結婚式場です。結婚式場なら貸してくれるかもしれない!と思って。それで結婚式場に電話をかけたら、鼻で笑われるんです。

「何ですかそれ、結婚式じゃないんかい」みたいなのがあったんですが。笑

でもひとつの結婚式場が「いいですね!面白いですね、協力しますよ」って言ってくださって。

華咲く交流会会場

その結婚式場にメンバーみんなで行って、こういう料理を出してほしいとか、こういう司会進行するので機材を貸してください、など交渉をして。

当時誰一人として、イベントのプロではないんですよ、主婦なんです。でも情熱だけで「お願いします!」って頼んで。笑

結婚式場の一番上のフロアがめっちゃ綺麗で、マックス300人入れる部屋だったんです。

そこのシャンデリアがあまりにも綺麗で !「ここ貸してください!」って頼みました。

一緒に主催したメンバーは顔出ししてない人もいたし、みんな名前が売れているというわけではなかった。

結果、よく来てくださったなと思うんですけど、40人くらいの方が来てくださって。当日は一番遠いところが青森からご来場いただきました。

華咲く交流会写真

※華咲く交流会も2020年は、9月にオンラインにて開催。

今後の展望

―今後考えている展開を教えてください。

これから考えているイベントは、山口県だけのくくりではなく、中国地方を結んでイベントを行えたら、面白いと思っています。

コロナがどこまで続くか分からないけど、イベントのリアル開催も好きなので、オンラインとリアルの二刀流で使っていけたらいいなと思っていますね。

やるっちゃ山口!New Life Style応援イベント開催レポート

なかむら みゆさんプロフィール

山口県在住

イベント企画・運営、教育業、運気アップヒーラー、パーソナルカラー・カラーボトル診断、Yamaguchibijinkai主宰

ブログ:https://ameblo.jp/2346vv/

インタビュー・文/青石ぽろみ

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